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カオスエメラルドは人の願いに応じて輝く石だって俺は聞いたんだ。実際に輝いたのは俺やアンタだったけど。俺達は誰かの想いを代替する器なんだろう。決して空っぽではない中身に被さってくる誰かの想いを初めて受け止めた時、なぁアンタはどんな気持ちだったんだ? 俺は、重かったよ。自分が無くなりそうに重かった。本当に力を開放するだけのただの器だったらいいと一瞬だけ逃げたくなったくらいだ。あの時、睨み据えたのは敵だけじゃなかった。未来を救うと決意した自らの強い思いが無ければ、手を繋いでくれる誰かがいなければ、膝から崩れ落ちそうなくらい恐かったんだ。それでも前を見るしかなかった。前を、未来を見てきたからこそ、折れる訳にはいかなかったんだ。絶望を知っていたから、先を睨み据えて空を駆けた。一人じゃないことが本当に心強かった。強く手を握り返せば、震えだって誤魔化せたんだ。
空を駆けて攻撃を繰り返し、その先にある未来を手にする。これは俺にとってそういう戦いだった。だけど、アンタは何のために戦うんだ? 自分を生き返らせてくれた皆のため? 泣いていた女の子のため? 見たこともない未来のため? 俺にはアンタの理由が分からない。
だってアンタは、今回が初めてじゃないはずだ。
これまでだって何度もその身を輝かせて、空を駆けて、時には名前も知らない誰かのために、戦ってきたはずだ。それはアンタのためだったのか? 世界を救った感謝は、本当にアンタに向けられていたか? それとも、別の理由がアンタを動かしているのか? その身が傷だらけのボロボロになっても走るんだって、生まれた時に決めたのか?
それがアンタの存在価値だって言うんなら、アンタはきっと笑うしかないんだ。
攻守を後退して帰ってきた身体を受け止める。気を張って力を預けきらない身体が凭れかかる。本当は言葉も無いほど疲れている。泣き言一つ漏らせない程の浮力が、アンタをただの針鼠にはしてくれない。光り輝いて自身にさえ見えてないかも知れないけど、アンタの身体はさっきから細かい傷と血で覆われているんだぜ。痛くないはずがない。辛くないはずがない。頼る人も、嘗てはいなかった。俺には信じられないよ。そんな悲しいこと、信じたくないよ。アンタがいくら笑ったって。
腕の中、光輝く身体を抱きしめる。今だけだ。今だけ、笑わなくていい。地上で想いを託した奴らにはきっと見えないから、泣いたっていいんだ。見られたくないなら腕で覆って隠してやる。雫が落ちたって、きっと誰も気づかない。まさかアンタが泣くなんて思いもしない。笑って前を見据える希望が泣くなんて。
それでもお前が空へと飛び出して行くなら、俺には引き留めることなんて出来ないんだ。
2012.7.27
古びた小屋の前に立ち、錆びれた蝶番の扉をノックする。中から返事は無かったが、この場所を知っている人間が少ないことを思えば、彼には返事など時間の無駄なのかも知れない。或いはその肌に染みついた特殊な能力が、己の気配を覚らせているのかとも思う。円卓の騎士の一員になったとはいえ、未だその力には知らないことも多い。
「ガラハッド」
「……ランスロット、か」
剣の手入れをしていた手を止め、その名の持ち主が此方を見る。愛刀とそれを拭っていた布を机に置き、立ち上がりながら改めて此方を向いた。武装を外して笑ってみせたなら、童顔も相まってとても円卓の騎士には見えないだろう。
円卓の騎士となる前から、彼はこの部屋を使っている。武具の手入れに適しているというのは建前で、精神統一できるということの方が彼にとって大きな利点なのだろう。出会った当初、人の前に立つことを彼は嫌った。手合せをした際、ざわつく場所、人の多い場所が苦手だと溢したことがある。切れ味が鈍るのだそうだ。自分はそれを、言い訳に過ぎないと切り捨てた。その程度で精神を乱しているようでは話にならない。
初めて手合せをした時のことを覚えている。トリッキーな技を使う相手は厄介だが、刃を交わした感触は“浅い”というものだった。本領が発揮できていない。そして同時に、伸び白の大きさを感じた。腕にも瞳にも、まだまだ強くなる余地を湛えていた。完全に力をものにできたなら、その時は自分をも凌ぐかも知れない。それは予感に過ぎなかったし、自分とてこの程度で力量を定めたつもりはない。
ただ一瞬、剣を折られて自分を睨み上げた瞳に鳥肌が立ったのだ。
成長が楽しみでならないと同時に、もっと手を合わせたいと思う。もっともっと、強くなればいい。薙ぎ倒して後ろも顧みない程に。
「また手合せしてくれるのか?」
「そうしよう」
にこやかな笑みの下に狂気が潜んでいないか探ってしまう。それは何処か、獲物を狙う感触に似ていた。
2012.7.27
首根っこを押さえられ地面に縫い付けられる。漆黒の体毛は光を吸収し視界を暗く淀ませていた。尤も、酸素が脳に行き届いていないだけかも知れない。
「どうした、救世主のなり損ない」
「……」
声帯を押さえられては声を出すこともままならない。此方を見下ろしぎらつく瞳の緑がよく栄えて綺麗だ。自分の姿が映りそうなほど近い。
「笑うなんて余裕じゃないか」
不快さを滲ませた声に合わせ首へとかかる圧力が増した。指摘され初めて、自分の口角が上がっていることに気付く。
自分から見る彼は完璧だった。正しくは、完璧を望まれた人だった。期待に応えるだけの器量も能力も持ち合わせ、誰よりも速く、強く、そして優しかった。今思えばそう在ることを彼自身が己に課していたのだろう。その矜持の裏側に、彼が見てきた多くの痛みと悲しみがあると気付くまでには暫くの時間を要した。
いつか見たいと思っていた。
彼が何を知り、望み、諦め、恨んだかを。
それを知ることで、自分は本物の救世主になれると思っていたのかも知れない。だとしたら我ながら滑稽だと思う。その願いが叶う時が来たらしい。
今なら彼に手が届く。
それなのに、どうして両腕が見当たらないのだろう。
2010.9.3
入り込んだ洞窟で落盤事故に遭った。退路を断たれはしたが、流れる風に気付いて奥へと進む。道は徐々に狭くなり遂には通れなくなってしまった。
道幅を見る限り無理をすればすり抜けられそうだが、夜の大柄な身体では厳しいだろう。逆に言えば、朝になり身体が戻れば楽に通れると言うことだ。叩き壊すことも考えたが、地盤が緩んでいる状態では危険な賭けになる。
空気の済み具合からして出口は近い。先に隙間を潜り抜けた相棒が、この先は再び道が広くなっており遠くに明かりが見えると教えてくれた。先に行って休んでいろと言うと、首を横に振って飛びついてくる。
「ソニックを一人になんてしないよ!」
思わず笑ってしまったが、内心では有り難かった。その小さな相棒は現在自分の皮毛に隠れて穏やかな寝息を立てている。
暗闇の中、二つの呼吸音だけが取り残された。
朝日が昇れば身体は本来の姿形を取り戻す。漏れさす光で視界も少しは明るくなるだろう。そうしたら、あの隙間から身を潜らせて抜け出せばいい。
今は大人しく朝日を待つしかない。
明日になれば。
「…分かっちゃいるんだけどな…」
それでも現状は最低だ。
2010.9.3
毎朝しきりに鳥のさえずりがすると思っていたら、近くに巣を作っていたらしい。餌を運ぶ姿を見つけた彼が、子どもが生まれたみたいだと言ってにこにこ報告してきた。それが数日前の話。
「どうりで冷えるわけだ」
窓の外でちらつき始めた白さに彼が呟く。来客として訪れていた自分も彼に倣って窓を振り返った。今年になって初めて見る雪に心が弾む。自宅に帰る道のりさえ楽しみだ。
「積もるといいなぁ」
「冬は走りにくいのが問題だ」
憮然とした態度を取ってみせるも、それが単なる作り物であることは知っていた。椅子から立ち上がり窓際へと近寄る。外の冷気がガラス越しにでも伝わってき た。僅かな曇りを指で擦ると、既に大地は白いヴェールを纏い出している。明日まで待つまでもなく新雪を歩けるかもしれない。
室内の暖気を逃がさないようにカーテンを引こうかと思ったところで、窓枠に小さな植木鉢が一つ置かれていることに気がついた。中には土しか詰まっていない。首を傾げつつ持ち上げて彼に尋ねる。
「これ、何だ?」
「夏の名残。今は冬眠中」
彼が椅子に座ったまま、マグカップ片手に返答する。冬眠というからには何かの種を植えているのだろう。冬には彩る草木は雪へと覆われてしまう。花が好きだと言う彼のことだからこの季節は退屈かも知れないと思ったのだが、尋ねてみると意外にも首を振った。
「冬は眠りの季節だからな」
「?」
「この寒さが春の芽吹きを守ってる」
冬に守られ耐え忍んでこそ、輝くような春の芽吹きは訪れる。何人たりとも春の眠りを妨げることは許されない。だから冬は荘厳で静謐なんだぜと彼が笑った。
「ま、冬に咲く花もあるんだけどな」
「それで何を植えたんだ?」
「楽しみは先にとっておくものだぜ」
不満げな視線を送ると、そ知らぬ顔でコーヒーを啜る。どうやら教える気はなさそうだと判断して植木鉢を置いた。再び椅子へと腰掛けると、入れ替わるように彼が立ち上がる。何かを思い出したらしく、暫く待っていろと言い残して隣の部屋へと消えた。
一人二杯目のコーヒーを飲んでいると、白い封筒を携えて戻って来る。
「やるよ」
差し出されたので手を伸ばして受け取る。手触りから中身が手紙でないことだけは分かった。封はされていなかったので開いて中を覗いてみる。小指の先程の黒い塊がいくつか見えた。
「種?」
「秘密のお裾分け。春までちゃんと待てよ」
封筒を指差して彼が忠告する。雪が溶ける頃には謎も解けるということらしい。きちんと鉢に植えてやれば春には正答が芽を出すだろう。
花が咲いたら見せに来るよと告げ、そっと封をする。
ちゃんと咲かせられるか楽しみだぜと、彼が皮肉な口調で微笑んだ。
2008.12.14
「 」
懐かしい背中に呼びかける。だけど彼は気づかない。
時に前を歩くことで導き、時に後ろから見守っていた彼が、
自分の声も届かないほど離れてしまったことを理解する。
呼びかけても、前に立っても、彼の目には映らない。ただ通り過ぎてしまうだけ。
それをいいことに、嘗ての自分の英雄にしがみついた。
見えない、聞こえない、触れない、届かない。
それでも伝えたかったことがある。
いつもいつも心配かけてごめんなさい。
何も言わない優しさに甘えてごめんなさい。
あなたに出会えて幸せだったと、
声を張り上げて叫べばよかった。
視線を感じて顔を上げる。白い針鼠が此方を見ていた。
今では不確かな存在となった自分の告白など誰にも聞こえないと思っていたのに、どうやら相手には見えているらしい。恐らく涙も見られただろう。
その視線が誰にも言わないと告げていた。
微笑んでもう一度だけ英雄を抱く。
腕の感触すらないのに、何故か優しい香を嗅いだ気がした。
2008.8.21